自己分析

吉田ろくです。
今日は自己分析について書きたいと思います。

最近、自分はとことん何も持ってないということを実感します。
数学が好きだとアピールすることが多いけど、ただたまたま得意だったからそれにアイデンテティを見出そうとしているだけだし、人に自慢できることを聞かれても、胸を張って返事できるようなものもありません。
ただこれまでの人生で何度かセンスが爆発したような瞬間があって、それは写真だったり、文章だったり、絵だったり、何か特定のものに才能が芽生えたというよりかは、神がかったという表現の方が適切な気がする。
それは技術じゃないので人にアピールがしづらくて、その現象を感じてもらうのが一番のアピールになると思っていました。
僕の自慢できるものとは、これなのだと思います。
なかなか認めてもらうのは難しいかもしれないけど、これを武器にできれば、絶対社会に貢献できる。
ずっとそう信じていて、今でもそれは変わりません。
今までもそれを糧にずっとやってきたような気がしています。

言葉の意味

吉田ろくです。今日は言葉の意味について書きたいと思います。

昔、小学3年生のときに担任の先生が「最悪」という言葉は最も悪いという意味だから、一回しか使えないんだ、というようなことを言っていました。まあ確かに意味的にはそうかもしれませんが、世間では日常的に頻繁に使われています。これは、言葉は意味だけで成り立っているのではなく、響きやニュアンスによって伝わり方が変わるということではないでしょうか。

「最悪」という言葉は、割とギャル的な表現というか、比較的若者が使っている気がします。時代と共に言葉の使われ方が変わるように、実は意味を考えることはそれほど大事ではなくて、その言葉を使った意図の方が重要なのではないかと思いました。心が入った文章を書くときには、そのようなことを意識した方がいいのかもしれません。

イヤーワーム

吉田ろくです。今日は集中力について書こうと思います。

今日、小説を読んでいるとイヤーワームという単語がでてきました。イヤーワームとは、音楽の一節が頭から離れない現象のことを言うらしいです。この言葉を聞いて、私の中でふと思い出した経験があります。

私は学生時代数学が得意で、でも他の教科はてんで駄目だったのですが、そのときは四六時中数学のことを考えていました。わからない問題があるのが気持ち悪くて、他の授業中でもずっとその問題について頭を巡らせていました。まさに、イヤーワームのように頭の中でずっと反芻していたのです。

これは数学についてだけではなく、アルバイトをしている時もそうでした。代わりにマルチタスクが苦手で、ひとつのことに集中すると他のことに手をつけられなくなっていたのですが、私はこれを自分の長所だと認識しています。

一度その集中に入ってしまえば、無意識にでも脳が働きます。さらにそれはアイデアを考えることに対しても一緒なので、昨日書いた枠を見つけさえすれば、いつもアイデアが思い浮かぶ状態になります。もしかしたらこれは私だけではなく、共感してもらえる人もいるのではないでしょうか。今後はそのイヤーワーム状態にもってけるように意識してアイデアを考えたいと思います。

 

吉田ろくです。今日は枠というものについて書きたいと思います。

イデアを考えるときに、何も制限なしに面白いアイデアを考えよと言われても、難しいものです。ある程度制限があった方が、アイデアは思いつきやすい。これはもう結構色んな所で言われていることだと思います。

私もツイッターでネタを投稿する時には、ハッシュタグで何か統一したものを考えて投稿していました。その方が考えやすく続いていたのも事実です。

だからアイデアが出ないときは、まず自分なりの枠を考えることがアイデアを考える第一歩なのではないかと思います。アイデアを考えるということは苦しい反面もあり、ですが面白いものを思いついたときはやはり楽しいものです。これからは初心に返って、もう一度その経験に立ち返りたいと思います。

技術がなくても

吉田ろくです。
今日は私の自信について書きたいと思います。

私には、技術というものがありません。
手に職という言葉があるとおり、人は何がしかの技術を身につけてキャリアを得ていくものだと思います。
ですが、私は今まで将来に役立つであろう技術を持ち合わせずに今まで生きてきました。
それは私の、ずぼらで飽き性で不器用で自尊心が高い性格のせいです。
何かこれはめちゃくちゃ好き!というものもなく全てが半端な人間です。

それでも私は、自分にしかできないものがあると信じています。
まだそれが何なのかは言語化できませんが、いずれ必ず認められるものだという自信があります。
なぜそんなに自信があるのかというと、私の実感と共にあるのと、昔身近にいた尊敬している人に認めてもらえたからです。
こんなことを人に信じてもらおうという気はありません。
何者でも無いくせに一丁前な事を吠える駄犬になるつもりもありません。
ただ、将来必ず証明できる自信があります。
だから、そのために何をすべきか考えようと思います。

「正解」

吉田ろくです。
昨日、録画してまだ見ていなかった『RADWIMPS18祭 探し続ける僕らの未来』を観ました。

この番組は、日本全国の18歳世代から熱い想いをこめられた動画を募集し、RADWIMPSがその想いを受けて楽曲を制作、そして動画事前選考を通過した1000人の18歳世代と共演したものです。
RADWIMPSは中学生のときに初めて聴いて、その歌詞が心に響いてそれ以来一番好きなアーティストになりました。
その歌詞の素晴らしさは、毎回発表されたその時、まさに自分のために書かれたと思ってしまうほどに心を掴まれるところだと思っています。
今回この番組の中で制作された「万歳千唱」「正解」も、RADWIMPSらしい繊細な歌詞で作られていました。
私に言葉の魅力を教えてくれたのは、RADWIMPSでした。
歌詞を書いているボーカルの野田洋次郎さんは、なんでこんな歌詞を書けるんだろう。
私が今まで生きてきて一番ずっと考えているのは、その問いの正解でした。
今でも答えは見つかっていませんが、私が今ここにいるのは、その問いのおかげだと思っています。
おそらく言語化できるような答えではないのかもしれません。
それは、洋次郎さんが時と共に生きている人だからです。
正直今ここで私の言葉でRADWIMPSの魅力を語るのも、もったいないと思ってしまいます。

この「万歳千唱」「正解」は、youtubeでアップロードされています。
公式にではなくて、それはおそらく番組で放送されたものを一般の人たちが録音したものです。
今まで、ラジオなどで先行で発表された曲がyoutubeにアップロードされていた場合、違法としてすぐに削除されていたのですが、この2曲に関しては削除されずにたくさん残っています。
なぜこの2曲は許されているのかを考えると、それもRADWIMPSの魅力を示していると思います。
youtubeの「正解」のコメント欄には、「卒業式で歌いたい」との声がたくさん投稿されています。
この曲が発表された時に学生であるみんなを本当に羨ましく思います。

この『RADWIMPS18祭 探し続ける僕らの未来』には多くの反響があがり、NHKより本日10月18日23:55~に再放送されます。
また23日までであれば、NHKオンデマンドでも無料視聴が可能のようです。
ひとりでも多くの方に観てもらいたい番組だと思っています。
RADWIMPSの魅力が、多くの人に届きますように。

 

 

隷属なき道(後半)

吉田ろくです。
今日はルドガー・フレグマン著の「隷属なき道」を読み終えました。

隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

 

眩しすぎる光には目を閉じてしまうように、人はただならぬ希望には警戒してしまう生き物です。
私は経済や政治に関しては全く無知と言っていいほど知識がありません。
ですので、この本に書いてあることがすべて本当だという証明はできません。
しかしもし本当ならば、今ベーシックインカムほど未来に希望を持てるものはないと感じました。
この本の中でも書いてある「認知的不協和」のように、人は自分が信じたいものしか信じないようにできています。
それは、人ひとりでは何が本当なのか見定められないということでもあるかと思います。
私はフレグマンとはこの本が初対面です。
彼の生い立ちも知らなければ、人となりなど全くわかりません。
何故ならこの本は、全てを歴史の理屈で説明した本だからです。
彼を信用に値する材料を何も持っていない私は、本当にベーシックインカムが有用なのか、疑ってしまいます。
疑り深い私は、彼がどんな目的でこの本を書いたのか、模索してしまいます。
だから理屈ではなく、直感でこの人は信頼できるという人と共に生きたい。
そうすることで信じる世界が広がり、未来も描けるのではないかと思いました。

「天は人の上に人を造らず」
学問のすすめはこの言葉ではじまり、こう続きます。
「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」
実は人間は生まれながらに平等、ということではなく、学びながら生きていくことが価値ある生き方なのだと、福沢諭吉先生はおっしゃっています。
どうせ学ぶのならば、尊敬できる人から学びたい。
それが人生を豊かにするものだと、私は考えます。